私が産業保健師になるまで②

リリー

今回は、大学病院で看護師として勤務していた頃のことです。

では、どうぞ!

病院の経営状況によりますが、当時は他の病院で働く同級生よりもお給料が多かったと思います。

私学共済などの共済組合もそれぞれの組合の財務状況によりますが、

当時は、財形貯蓄の利率や貰える年金額が高く、経営も安定しているため

安心というイメージでした。

病院はというと、最新の医療知識や技術を身につけられるので

私にとっては、看護師としての土台を作る大事な修行期間だったと感じています。

一方で労働環境が良いとは言いがたく、教育も体育会系のような指導方法で、

労働基準監督署が監査に入ったら一発アウト!なことも当たり前に行われていました。

そんな中、患者さんや一緒に働くスタッフを通して

予防医学に興味が出てきて、自分のキャリアについても考えるようになりました。

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この記事を書いた人

会社の健康管理室で働く産業保健師。
2児のワーママ(現在育休中)。
趣味は、絵を描くこと・投資・読書。
自身の体験や学びをイラストやブログで発信していきます。

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